1970・1980年代
| 1970年(昭和45年) | 11月 | 4号館(経営工学科棟)が完成。 |
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| 1971年(昭和46年) | 1月 | 後藤鉀二学長、中国訪問。周恩来首相との会談で、第31回世界卓球選手権大会(3月、名古屋市)に、国交のない中国チームの参加を要請。 (日中国交正常化へのピンポン外交) |
周恩来首相と後藤鉀二学長 |
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| 1972年(昭和47年) | 2月 | 後藤 淳、学長(第2代)に就任。 附属環境工学研究所を設立。 |
| 3月 | 5号館(電気・電子工学科棟、講義・実験棟)が完成。 | |
| 11月 | 名古屋電気学園創立60周年記念式典挙行。 第2食堂(現カフェ&レスト・セントラル)が完成。 |
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| 1973年(昭和48年) | 2月 | 3号館(応用化学科棟)別館が完成。 |
| 4月 | 大学院工学研究科修士課程に土木工学専攻(入学定員5名)を設置。専攻科(修業年限1年)に、経営工学専攻(入学定員10名)を設置。 1号館別館、6号館(機械工学科棟)、機械実習工場が完成。 |
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| 12月 | 振動実験棟が完成。(大型振動実験装置を設置) | |
| 1974年(昭和49年) | 3月 | 4号館(経営工学科棟)別館が完成。 八千草台への移転完了。 |
| 7月 | 附属図書館が完成。 | |
| 1975年(昭和50年) | 4月 | 大学所在地を豊田市八草町八千草1247に変更。 |
| 9月 | 経営工学科機械実習棟が完成。 | |
| 1976年(昭和51年) | 4月 | 工学部第I部に建築工学科(入学定員80名)を設置。 大学院工学研究科修士課程に機械工学専攻(入学定員5名)・建築学専攻(入学定員15名)を設置。 |
| 1977年(昭和52年) | 1月 | 鉀徳館(講堂兼体育館)が完成。 初代学長の名を織り込み命名された。1階には3つの小体育館、2階・3階が講堂兼体育館で4,100名の収容力がある。 |
完成当時の講堂兼体育館の鉀徳館 |
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| 7月 | メキシコ大学との交流開始。 | |
| 11月 | 計算センターが完成。 これまで電子工学科に併設されていた計算センターの専門棟。 |
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| 1978年(昭和53年) | 4月 | 7号館(土木・建築・建築工学科棟)が完成。 |
| 7月 | 御岳山の家(セミナーハウス)が完成。 | |
| 8月 | 愛知工業大学短期大学部廃止。 第2本部棟が完成。 |
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| 1979年(昭和54年) | 4月 | 開学20周年記念式典挙行。 |
1980
| 1980年(昭和55年) | 12月 | 中国の南京工学院(現・東南大学)と姉妹校提携。中国政府教育部直轄の重点大学に指定されている国立大学が外国の大学と正式に提携を結んだのはこれが初めて。以後、本学教授の特別講義、南京工学院(現・東南大学)からの研究員来学、合同の建築設計作品展の開催など、両大学の交流は年々活発になっている。 |
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姉妹校提携調印式 |
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| 1981年(昭和56年) | 3月 | 3号棟(応用化学科棟)増築。 |
| 9月 | 計算センター増築。 | |
| 10月 | 国際交流センター開所。 | |
| 12月 | 第2本部棟増築。 | |
| 1982年(昭和57年) | 11月 | 名古屋電気学園創立70周年記念式典挙行。 |
| 1983年(昭和58年) | 3月 | 愛和会館が完成。 1階は食堂、学生ホール、集会室、2階は講堂。 |
| 1985年(昭和60年) | 4月 | 正門建設。 |
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| 1986年(昭和61年) | 8月 | 小体育館が完成。 |
| 10月 | 陸上競技場、野球場が完成。 | |
| 1987年(昭和62年) | 1月 | 8号館(情報通信工学科棟)が完成。 |
| 7月 | メキシコ州立ヌエボレオン大学との交流開始。 | |
| 1988年(昭和63年) | 2月 | 計算センターに米国製スーパーコンピュータ CRAY X-MP/14seを導入。(日本の大学で初導入) |
スーパーコンピュータ |
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| 3月 | 9号館(教養棟新館)が完成。 | |
| 4月 | 工学部第I部に情報通信工学科(入学定員80名)を設置。 | |
| 1989年(平成元年) | 11月 | 開学30周年記念式典挙行。 |







